音楽

歌と私と子供

窮屈じゃない世の中へ

ミュージカルと歌

歌うことに抵抗がある子供時代を私は送ってきませんでした。歌が大好き。歌うことが私。私といえば歌。
周りのみんなもそれを認知してくれていて、小さい頃は、よく近所のおじいちゃんおばあちゃんの集まりでマイクを握らされていました。
私にとって歌うことはとても自然なことで、それが特別なことだとは思ったことはありませんでした。

小学生の高学年になったくらいから、人前で歌うことがとても恥ずかしくなりました。なぜだろう?別にこれといったきっかけはなかったはずなのですが、褒められる喜びよりも恥ずかしさの方が勝るようになりました。
私は歌うこと以外にも活発な子供の方だったと思うのですが、だんだんとその活発性も萎縮していきました。大人に褒められること。大人に評価されること。
それが私の中での判断基準の全てになりました。「こう考えれば先生たちは喜ぶ」「こう行動すれば親が納得する」。

鼻持ちならない子供だったと思います。特に同級生たちから見たら。だって、大人におもねっているようにしか見えなかったでしょうから。私自身はそんな気は本当になかったのですが。

結果、私の周りから仲良くしていた子たちがいなくなりました。私は不思議でなりませんでした。私がその子たちに意地悪したり、その子たちが傷つくようなことを言ったりした覚えはなかったのに。
ある日急に。本当に突然。仲良しグループからそっぽを向かれたのです。

大人たち(主に先生たち)は「あなたの考えが大人すぎるのが良くなかったのかもね。あなたが悪いわけじゃないのよ」と良く言いました。つまり、周りの子供達が理解できていないだけだから、私はそのままで大丈夫、だと。

そんなわけないのに。

私は同年代の友達と普通に遊びたかった。卒業式で式辞を述べる役をもらうよりも、みんなと一緒に泣いて学校が離れ離れになることをさびしがりたかった。教室にいるより職員室にいる方が居心地がいい中学生時代なんて送りたくなかった。
わかったような顔をして大人の言ったことを聞き分けよく受け入れる人間でいたくなかった。

全部今になって思うことですが。
その当時は、大人に理解してもらえる自分は周りの子よりも成熟しているんだ。特別なんだ。くらいの勘違いをしていたように思います。
本当に嫌な性格でした。

歌と再び向き合った時

私にとって中学高学年から高校にかけては、ずっと自分の感情を知らず知らず抑圧していた時期だったような気がします。自分のことが嫌いではなかったけれど、自分をすべてさらけ出すとまた否定されるのではないかという恐怖が常に付いて回っていました。嫌われることに対する恐怖。人間にとって、死以外にこれ以上の恐怖があるでしょうか?

そんな中で唯一、私が自分を素っ裸にさらけ出せる場所。
それが歌の世界であり、詩の世界でした。
創作物の中でならどんな風に自分で表現しようが自由。誰に見せるわけでも発表するわけでもないのだから、大人の目線を気にすることもない。目立たないようにこっそり自分でやって、学校のみんなが知らない場所で思いっきり歌うのなら、同級生に嫌われることもない。

それが、2回目に私が歌と向き合った瞬間でした。

救われたし、逃げだったとしても、とても正しい逃げだったと思います。
歌の世界に没頭すれば、「人に好かれる嫌われる」という恐怖を感じずに済んだのです。
なんて素晴らしい世界だろうと思いました。
高校になってから、幼少期より続けていたピアノの先生の勧めで声楽を習うようになり、より一層歌にのめり込んで行きました。
一曲一曲ごとに違う主人公になりきれる。歌を歌いながらその人物の心情に入り込む。その人物になりきる。
歌を歌うということはこんなにも世界が広がることなのか、と驚きました。
そして「愛している」を「amore」、「死んでしまいたいくらい」を「Voglio essere morto」・・・外国語で激情を表現することで、歌うことへの恥ずかしさも徐々に消えていきました。

中学生より先の私にとって、音楽、歌は、表現する手段ではなく、自分らしくいれるための「逃げ場所」だったのです。

結果、その逃げ場所は私の拠り所となり、成長の主軸となり、心の核となり、人生の幹になりました。
逃げ場所だった場所をより居心地良くするために、藁を敷き、風除けを立て、雨水を避ける屋根を葺き・・・。自分だけの歌の場所を作り上げていきました。

それが自分の道を作ること、自分の生き方を生きることだと気付いたのは最近のことです。

「これをやるために生まれてきた!」

と思えるほどの輝きに出会える人は稀です。もちろんそういう人もいるでしょうけれど、その道で輝く存在になった人は後から振り返り、「そういう風に生きる運命だったんだ!」と考えるのでしょう。
振り返った時に、どんなきっかけで進んだ道であっても、自分の心の声に従いがむしゃらに進むこと。
それ以外に自分の人生を生きる方法なんてないのだと思います。

オトイックで伝えたいこと

歌うこと、表現すること、自分をさらけ出すこと。
その動機がどんなものであったとしても良いのです。
そこに自分を置くことで、窮屈な自分から少しでも抜け出せるのなら、その場所には価値があります。
価値のある場所を自分自身の力で磨き上げていく力は、すなわち生きる力になります。

子供達に本当に手に入れて欲しいのは、この生きる力。

大人になってからしか気づくことができないかもしれないけれど、確実に自分の中の核となり、人生の幹となるものです。

オトイックはその核と幹を探し出すお手伝いを全力で行います。
それが私たち大人の仕事。
決して、他の子に比べてあなたはあなただからそれで大丈夫、という、あいまいな言葉で子供の心を煙に巻くことではないのです。
あなたはあなたなのだから大丈夫なのではなく。
あなたはあなたの力で生きる、その努力をしているのだから素晴らしい存在なのだと。
全てにことどもたちに伝えたい。
私は、子供達からそれを学ばせてもらったのだから。

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